ヨハネス・ラウ

ヨハネス・ラウ(Johannes Rau)『ドイツ連邦共和国第8代大統領で、1999年7月1日~2004年6月30日に大統領を務めました。出版関係の仕事から政治家になった人物で、社会主義青年団の地区代表に就任し、州議会議員、党議員団代表、ヴッパータール市長を経て1999年に第8代大統領に就任しました。「対立ではなく和解を」という信念に基づいた政策で、率直な意見を言う大統領として注目されました。国家元首として76回の外遊を行うなど国際的にも活動し、日本には2002 FIFAワールドカップ観戦を兼ねて来訪しました。ヨハネス・ラウは、プロテスタント一家に育ち、学校があまり好きではなかったことから、父親の勧めで中等教育機関を中退し、出版会社に見習いとして就職したのです。大統領退任後は教育や貧困救済などに関する栄誉職に就き、財団も創設しています。在任中から腹部大動脈瘤を患うなど、体の調子は思わしくなく、退任後にも心臓の手術を受けるなどしていましたが、2006年に死去。ベルリン大聖堂で国葬が行われました。』